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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1353号 判決 1960年1月26日

控訴人・附帯被控訴人 原告 株式会社千葉銀行 代表者 大久保太三郎

訴訟代理人 長野潔 外一名

被控訴人・附帯控訴人 被告 京橋税務署長 原沢芳雄

訴訟代理人 松田正典 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。

控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)代理人は原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。被控訴人が訴外合資会社桜組工業所の滞納税金につき、同会社無限責任社員安田正に対する滞納処分として同人所有の不動産を公売した代金の充当交付処分の決定中控訴人が原審において敗訴した部分をも取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並に本件附帯控訴を棄却するとの判決を求め、被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人という。)指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において「本件においては、京橋税務署長は安田正に対し納付期限の通知をしていないから、納期限なるものはまだ定つてない。これを仮に被控訴人の有利に解するとしても少くとも被控訴人が安田正に対し差押をした昭和三十年四月二十日に納付を命ずる意思表示をしたものと解し、この時を納付期限とする通知があつたものとしてこれをいわゆる納期限として取扱うべきである。国税徴収法第二十九条に云う無限責任社員の所有する不動産を担保にとる金融機関その他の債権者にとつて、その債務者がどこかの会社の無限責任社員であることを調査することは多くの場合不可能であり、仮にそれが可能であるとしてもその会社の資産状態まで調査することは不能である。本件においても訴外会社が納付すべき税の納期限の早いものは昭和二十六年五月であり、控訴人が安田正の不動産に抵当権の設定を受けたのは昭和二十八年八月で右納期限後二箇年有余の年月を経過しており、その間安田正の不動産には何らの負担もなかつたのである。これを抵当にとつた債権者が国税優先の原則により損失を受けることは、実体的に見て甚だしく不当であり、原判決の示すような形式論を敢えてとるならば公共の利益に反して私権を奪う結果となる故にこの形式論によれば憲法第二十九条に違反するものであり、この形式論の外に解釈がないとすれば、国税徴収法自体この範囲において無効となつたものというべきである。従て控訴人は元本極度金合計金三百十万円の根抵当権によつて担保された債権合計金四百二十万九千四百円について不動産公売による換価金につき優先的に弁済を受ける権利を主張するものである。控訴人主張の各根抵当権についてはそれぞれ登記をしてある。尚被控訴人が当審で明かにした計算関係はすべてこれを争わない。」と述べ、被控訴指定代理人において「控訴人主張の各根抵当権について登記手続がなされたことは認める。尚被控訴人が公売による売得金から充当した附帯税のうち昭和二十九年八月五日以降に発生した利子税額、延滞加算税額の総計は金二十七万二千九百三十円でその詳細は別紙別表第一、第二のとおりである。」と述べた外原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

原判決事実摘示「第三原告の主張」中一乃至五の各事実並に控訴人の主張する各根抵当権について登記のある事実は当事者間に争がない。控訴人が本件処分を違法として争う第一の点即ち合資会社が納税義務を負担する場合にその合資会社の無限責任社員もまたその税について当然に国税徴収法にいう納税人となるか否かの点については、当裁判所もこれを積極に解するのを相当と思料する。そしてその理由はこの点につき原判決が説示するところ(原判決理由中二の部分)と同一であるからここにこれを引用する。(合資会社即ちいわゆる人的会社の組合性を認め、会社(代表者)がその名をもつて債務を負担する場合その都度別に無限責任社員の名を表示しなくとも当該無限責任社員が同時に会社の右債務を弁済する責任を負うことを認める以上、納税人たる会社に対する納期限の通知は同時に無限責任社員たる納税人に対する納期限の通知となるものと解すべきは理の当然と謂わねばならぬ。ただその結果がその無限責任社員に対する債権者に酷なる場合もあり得るが、これについては、法規を改正してこれを救済する外はない。)

そこで次に控訴人が本件処分を違法として争う第二の点即ち担保物公売による売得金の充当の際における利子税、延滞加算税と担保附債権との優劣(国税徴収法第三条)について検討する。

利子税及び延滞加算税については、本税の納期経過後または督促の指定期限後その納付遅延の日毎に具体的に債務が発生し、直ちに納期に至るものであつて、本税の納期とは同一でないとの見解もないではないが、元来利子税又は延滞加算税は本税の納付遅延により、又は督促状により指定した期限迄に税金を完納しないことにより、それぞれ法律上自動的に発生する附帯税であつて、これは民法上の債務不履行による遅延損害金と同様に基本たる債務(本税)と離れ、別に遅延損害(附帯税)のみについての納期とか期限とかの観念を容れる余地なく、納付の遅延或は債務不履行のつづく限り必然的に本税又は基本債務に雪だるま式に加算されて行く附加金であつてこれは当然本税或は主債務と一体を為すものであるからその納期限或は履行期は始めから本税、基本債務と同一と見るのが最も法理に適する解釈と云わねばならぬ。国税徴収法第二条第五項もこの当然の事理を明確にしたに過ぎないものというべきであつて同法第三条に右第二条第五項のごとき規定がなされていないからという形式的理由をもつて同法第三条において前段説示と別異の解釈をすべきものとはなしがたい。(新国税徴収法((昭年三四年法律第一四七号))は、国税の納期限とは、附帯税については、本税の納期限をいうものと規定((同法第二条第一〇号、第一五条第一項))した上、附帯税と被担保債権との優劣を決することとしているが、これらの規定も解釈上当然の事理を法文に明らかにしたに過ぎないものと解する。)又民法第三七四条が抵当権者の利息又は遅延損害金の請求権を満期となつた最後の二年分に止めたのは、執行の段階において他の債権者との権衡上加えた政策上の制限であつて、この制限規定によつてはじめて最後の二年分以後の利息又は遅延損害金について優先弁済をうける権利を失うことを定めた法意は利息又は遅延損害金の履行期が主債務のそれと同一にみなされる法意を端的に示したものということができる。(しかも附帯税については右民法のような制限規定がなく、民法の規定が公法上の附帯税に当然準用されるものと解することはできない。)従て被控訴人が昭和三十二年三月二十二日訴外安田正所有の不動産を公売に付した上本税、加算税、滞納処分費に充当した外、既に発生した利子税に六十万百七十一円延滞加算税に七万六百円を控訴人の債権に優先して充当したことは前段説示に基き国税徴収法に違反する処分と做し難い。

最後に控訴人の憲法違反の主張について判断する。

従来国税の徴収が私法上の債権の弁済充当に優先する旨が規定され、取扱上もそのようになされていたのは、国税が国の歳入の大宗であり、国の歳出はこれに頼ること甚大であつて、公益優先の立前上からいつてむしろ当然のことと考えられていた。然しながら国税優先も無制限にこれを認めるときは甚しく私権を圧迫することとなるおそれもあるから、国税徴収法第三条等の如き規定が設けられ、或る範囲においては私権が尚国税に優先する場合のあることを規定したのである。従てこれらの特別の保護を受けない私法上の債権が国税の優先を甘受しなければならないことは当然である。その結果控訴人主張のように無限責任社員個人に対する債権をもつ金融機関等の債権者がその個人が社員である合資会社の国税滞納のために、担保物からは予期した弁済充当を受けられないという不測の損害を受ける場合があることも考えられなくはないが私権が公共の福祉に譲らなければならないことは多言を要しないのであつて、納税に関する前記諸規定は国の財政の健全を図るために制定されたものであり、換言すれば公共の福祉のために規定されたものと云わねばならぬ。(ただ彼此較量して改正の余地を見出し得るとしてもその改正前において右不測の損害の故に現行制度が当然に憲法違反となり無効とされるべきではない。)従つて国税徴収法第三条第二十九条の規定も含めて国税優先の諸規定を以て私人の財産権を侵害する憲法違反の規定ということは出来ない。控訴人のこの主張は採用し難い。

果して然らば控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとする。なお、原審が右の利子税延滞加算税充当金の内昭和二十八年八月以降の分合計金二十七万一千九百三十円(この計算関係には争いがない。)を充当したことは違法であるとしてこの部分を取消したのは前段説示のとおり国税徴収法の解釈を異にする結果であつて失当であるから取消すべきものとする。被控訴人の附帯控訴は理由があるから第一審判決中附帯控訴の申立のあつた部分はこれを取消すべきものとする。仍て民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十五条、第九十六条、第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 梶村敏樹 判事 岡崎隆 判事 堀田繁勝)

別表第一、第二<省略>

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